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null     4  沢原にとって酔いに溺《おぼ》れることは簡単だった。古くから残っている数少ない酒場の、どこでもいいどれか一軒に入り、他の客が目に入らぬ位置でグラスを重ねれば良いだけの話だった。沢原がそれをしなかったのは、ひとつには自分に対する意地であり、ひとつにはかすかに残された、確信などない希望のためだった。  街に期待し、街に棲《す》む物に裏切られた沢原は、その夜ついに一度もシャッターを押さずじまいだった。自分の意地を、プロ意識がねじふせかけていた。編集部が付けようといった、若い編集者を断わったことに対する後悔だ。第三者が来れば、それなりにまとまったものを作れるだろうという自信はあった。  編集部が望むテーマを編集者が代弁し、それに合わせてこちらは動けば良い。  できあがったものに思いつきのストーリイをつける。おそらく、今まで連載をしてきた作品に比して遜色《そんしよく》はあるまい。  自身の手応《てごた》えが弱いだけだ。  ドロドロに熱く、濃かったものが薄まり、透明になる。  一人の人間を、たった一枚撮れば済むものなのに、自分が納得するものと、そうでないものは、まるで違っていた。  写した瞬間にファインダーの中で厚い盛りあがりに似たものを感ずる。それが沢原の手応えだった。  その手応えが徐々に弱まってきている。透明な、存在感に乏しい写真しか撮れない。  沢原は焦っていた。それが、真実のところは、被写体によるものなのか、自分自身によるものなのか、わからなかったからだ。  やみくもに街をうろつき、タクシーを乗り継ぎ、人混みを押しわけた、沢原は疲れきっていた。腹が減り、街に出るまでは感じていなかった、理由のない怒りを時の流れに覚えていた。  客の少ない古びたハンバーガーショップのカウンターでビールを飲んだ彼は、落ち着こうと試みた。  まず飢えを満たすことだ。  ハンバーガーショップの数ブロック先に、中国料理店があった。老舗《しにせ》で、客がいてもいなくとも、朝まで営業している。暗くて、どことなく剣呑《けんのん》な雰囲気のある店構えは、時間の流れを忘れるには都合がいい。  沢原は腰を上げた。