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 組閣の大命は当然近衛に再降下した。第三次近衛内閣は七月十八日に成立し、外相には豊田貞次郎商工相(海軍大将)が、河田蔵相のあとには小倉正恒国務相が横すべりし、他に鉄相、厚相なども入れ替ったが、実質的には内閣改造に過ぎなかった。  この政変のころと思われる。幣原元外相は近衛に招かれて千駄ヶ谷の徳川家正邸で会見した。 「いよ/\仏印の南部に兵を送ることにしました」 「船はもう出帆したんですか」 「エエ、一昨日出帆しました」 「それではまだ向うに着いていませんね。この際船を途中台湾か何処かに引戻して、そこで待機させるということは、出来ませんか」 「すでに御前会議で論議を尽して決定したのですから、今さらその決定を翻えすことは、私の力ではできません」 「そうですか。それならば私はあなたに断言します。これは大きな戦争になります」  近衛は「目を白黒させ……非常に驚いた」風だった。 「しばらく駐兵するというだけで、戦争ではない。……それではいけませんか」 「それは絶対にいけません。見ていてご覧なさい。一たび兵隊が仏印に行けば、次には蘭印へ進入することになります。英領マレーにも進入することになります。そうすれば問題は非常に広くなって、もう手が引けなくなります。……この際思い切って、もう一度勅許を得て兵を引返す外に方法はありません」〈幣原『外交五十年』203〉  二人の会談はここで打切りになり、近衛はなにも手を打とうとしなかったが、結果は幣原のいうとおりに展開しはじめた。  七月二十五日、アメリカは対日資産凍結令を発令、翌日から発効させた。イギリスも、「仏印侵略というよりシンガポール攻撃準備だ」と受け取り、二十六日に資産凍結を発表、続いて二十七日には蘭印が資産凍結と対日輸出入制限を発表、さらに八月一日にはアメリカが石油類の対日輸出許可制を実施すると発表した。建て前では完全な禁輸ではないが、実際には石油の輸出許可が全く下りなかったから、この日以降日本は一滴の石油も英米ブロックから入って来ないことになった。 「いよいよ報復とこれに対する反撃行為との悪循環がはじまった。……その成り行きの赴くところは、不可避的な戦争しかない」  グルー大使はこのように記し、二十六日に豊田外相と会談して、本国に打電した。 「余がありのままに受けた印象は、外相を合む日本人は、いつも米国による重大な報復の可能性を割引きして考えていたこと。我々の報復は全く彼等の不意を突いたということである」〈開戦経緯4─398〉  参謀本部機密日誌も七月二十六日に「当班全面禁輸とは見ず、米はせざるべしと判断す」と記したが、八月早々にはこの頁の欄外に「本件第二十班の判断は誤算なり。参謀本部亦然り、陸軍省も亦然りしなり」〈同395〉と朱記した。�誤算�──それは太平洋戦争を招く大誤算だった。
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