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null 利休がいつた、すねすねしく、と、しほらしきの統一が、彼の実際の手前のうちにどうあらはれたかは、いまは知る由もないが、利休作の茶杓の中には、危いところでそれを示してゐるものがある。私は堀口氏の前掲書に載つてゐる写真によつて判断するのだが、気取りを気づかせない気取りが、実に紙一重のところでやうやく維持されてゐるやうな感を受ける。あやふい美しさである。私は紹鴎作とつたへられる筒と茶杓の実物をみたが、それには安定した、平凡な美しさはあつたが、利休のそれに感じるあやふさは全く感じなかつた。利休茶杓の共働者は『南方録』の作者である南坊宗啓であつたと伝へられるが、もしさうなら宗啓のなかにも、なにか危いものがあつたに違ひない。  すねすねしく、と、しほらしく、気取りと素直、麁相と繊細を、利休が現実の手前において示したと思はれるのは『細川忠興家譜』の伝へてゐる逸話である。「福島正則、或時忠興君に御申候は、其元には利休を御慕ひ被[#レ]成候。彼は武勇もなく、何共不[#レ]知者也。何処を御慕ひ候やとなり。忠興君仰に、彼は名誉ある者也、些御逢御覧候様とて有[#レ]之、利休所に御同道被[#レ]成候而、御茶の湯有しと也。正則我を折て、其元利休を御慕ひ候事尤也。我等如何なる強敵に向ひ候而も、ちぢけたる事無[#レ]之候。然るに利休に立向ひ候へば、臆したる様に覚え候。扨々名誉なるものと被[#レ]感候と也。」  さすがの福島正則をちぢけさせるものが利休の中にあつた。何とも知られざる者、といふなかには、利休の怪物性も含まれてゐよう。また茶室に臨んでのさばきに、単純な正則には解しかねる複雑なものの統一があつたのであらう。  然し如何に利休といへども、秀吉に三千石の茶頭として仕へ、時に黄金の茶室で田舎大名相手に茶を点じ、時に外交の枢機に参加する自分と、侘数寄専一を願ふ自分とを統一することはできない。これは統一するには余りに違ふ両つの要素である。また派手八分侘び二分、或ひは九分一分の秀吉と、ねずみ色とごまめ汁の利休とを統一することはできない。紅の小袖、紫の袴、赤地金襴の足袋といつた室内着、出掛けるときは作りひげ、かね黒といふいでたちの秀吉に、利休はどういふ顔をして対したであらうか。利休における侘びと派手との比率は一体どの位であつたのだらうか。秀吉に妥協し、また協力しうる要素は利休の全人格のうちでどの位の割合であつたのであらうか。所詮この二人は衝突せざるをえない運命であつた。  若し利休の派手と侘びとの間に見出した安定場所を強ひて示せといへば、それは次のところであつたらうか。佐久間不干斎の『明記集』がゑがく、利休の聚楽屋敷のさまである。 「近代太閤の御世、聚楽盛の時節、大名小名の屋形数百軒、いづれも金銀いらかを磨く。其中に寺ともなく武家とも見えざる家あり。其門二重屋根に作る。瓦をならべ、うちの住家よし有げにして、高くもなく、ひきくもなく、こうばいそらず、こうばいはやくもなく、ぬるくもなく、破風口、狐口に至るまで、他家にかはり、様子しほらしき事、絶[#二]言語[#一]。」  利休は一般に、東山流、即ち能阿弥、空海、道陳とつながる書院台子の茶と、珠光、紹鴎とつながる草庵の侘茶との統一者といはれてゐる。利休におけるこの統一の仕方はどのやうなものであつたらうか。桑田忠親氏はその『乱世と茶道』のなかで、秀吉対山上宗二のドラマを書いてゐる。このドラマは案外に事実を穿つてゐるやうにみえる。天正十一年正月に催された山崎妙喜庵の茶会の折、茶はいづれが真で、いづれが草であるか、といふ問題が秀吉から出された。秀吉みづからの主張は、「さる年われらが信長公の御前にて宗易より受けし口伝には、茶湯は台子が根本なり。真の台子を知らずば、行の風炉もなしがたく、草の炉もなすべからず、とあつたが、いかがじや。そちは宗易の一の弟子ではないか」といふのである。これに対する宗二の答へは、「さようでござります。しかし、信長公御他界いらい、世情はとくと変り申した。われらの茶湯は炉の薄茶をたつるが専一なり。これを真の茶と云ふ。世上濃茶を真と云ふは非なり。台子四っ組、小壺の大事も濃茶の中なり、共に真の茶にあらず。」  かういふ宗二の秀吉に対する抗弁を、利休は「差出がまし。ひかえられよ」と圧へてしまつた。もちろんここには秀吉の怒がどのやうな結果を招くかを考へ、愛弟子の宗二の生命をかばはうとする計ひがあつたに違ひない。然し秀吉に仕へる限り、利休は案外に、「ひかへられよ」といふ仲裁者の場所に、ひとつの安定を得てゐたのかもしれない。  秀吉からいへば書院台子の茶が本式、侘茶は略式である。これは利休も表向には肯定してゐることである。宗二からいへば草庵の侘数寄こそ根本で、書院の大名茶は末葉である。これも利休から直々に教はつたことである。利休は秀吉に向へば書院、宗二に対すれば草庵といふところにゐた。一徹者の宗二が秀吉の怒にふれて耳と鼻を削ぎ落されたといふのも、師説をまげなかつた結果といつてよい。  秀吉対宗二の場合には仲裁者であつた利休に、利休自らが自己の態度を決定しなければならぬ時機がやつて来た。書院か草庵かの二者択一を自分で決定しなければならぬことになつた。秀吉対利休といふ対立においては既に仲裁者はない。利休の切腹はまぬがれがたい運命であつたらう。 [#改ページ] [#小見出し]   七 利休以後の茶  利休の死後の「利休好み」の解釈は、解釈するものの自由である。秀吉は伏見城の造営に当つて、屋敷構への「利休好み」を云々する。『南方録』は草庵の侘専一を「利休好み」と強調する。ともに可能な主張である。『南方録』を茶の古典として、また聖典として受取つたのも、これも後世の解釈である。  利休が制裁された後、茶湯者の生きる道は侘びの方に徹するか、秀吉と協調するかの二つしかない。前者をとつたのが千宗旦、後者をとつたのが古田織部であらう。