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 あるいは、 「こんなところで守備なんぞについていないで、重慶まで堂々と進攻すべきだな。おれが司令官ならとうに命令を下しているな。不肖この佐久間は、そもそも作戦ということについてはひとかどの意見を持っとるのですぞ」  太平洋のただ中、東経一六六度北緯一九度の地点、ハワイと日本のほぼ中間に浮ぶ小さな低い島が、ウエーク島——日本軍が占領してから大鳥島と改称されたウエーク島であった。面積はわずかに四・七五平方キロメートル、外周二十九キロメートルの小島にすぎない。  島は全島珊瑚礁から成っている。いくらかの岩、あとは珊瑚虫の形造った丸石、細片、砂ばかりで、それが強烈な太陽の下に殺伐なほどしらじらと輝いている。椰子一本あるわけではなく、ボサと呼ばれる葉の丸く厚い灌木といくらかの雑草、あとは無数に集まってくる海鳥と野鼠のはびこる、高潮がくれば全島潮をかぶりそうな、細長くコの字型になったみすぼらしい島であった。  あからさまに言って、ここは人の住める島ではなかった。しかし戦略的要地という観点から、開戦時四千の米軍がいたし、日本軍が占領してからも陸海軍合わせておよそ五千の兵員が守備についていた。そして昭和十七年の九月、仏印にいた独立混成旅団から一箇大隊が大鳥島に分遣されたとき、それに附属した患者救護班の軍医の一名として、楡峻一はこの絶海の孤島に暮す運命となったのである。  といって、毎日はのんびりとした気楽なものであった。見えるものはかっと照りつける陽光の下に白く反射して平坦に拡がる砂礫、あくまでも群青の空と海、聞えるものは間断ない潮騒と海鳥のしゃがれ声ばかりである。暇は山ほどあった。そしてやることはほとんどなかった。いわば峻一たちは、季節の移りもない常夏の孤島に幽閉されたといった形であった。  しかし、初めのうち島の生活は、居住設備といい食生活といい極めて恵まれたものであった。米軍の整った宿舎、豊富な食糧——ピックルス、オリーブの実、アイスクリームまであった——がそっくり使用できたからである。補給船も定期的にはいってきた。味方の航空部隊も健在であった。多いときには、この島の南部に三本の滑走路をもつ飛行場には、一式陸攻、零戦が八十機ばかりも待機していた。峻一は閑のあるのをよいことに、毎日のように飛行場へ出かけてゆき、哨戒に飛びたつ葉巻型の陸上攻撃機を見送り、さてはずらりと並んでいる零戦のそばにやってきて、整備員と言葉を交わしたり、惚々とそのジュラルミンの機体を撫でたりした。かつて戦争の始まる前年、峻一はこの機種を葉山の海岸でいち早く見ていたものであった。それはたとえば青年が長いこと夢想していた少女とそっくりの姿態を、現実に行きずりにちらと瞥見した感情にも似ていたが、いまはその魅惑に満ちた精悍な戦闘機が彼のすぐ前に、翼を接して居並んでいるのだ。飛行場を訪れるときの峻一の頬は常にだらしなく崩れ、これが二年間軍隊生活を送った男とはとても思えない人のよさ、戦争そっちのけの満悦ぶりを示していた。 「このエンジンは榮か。壽とはやはり音が違うな」  と、彼はいっぱしの専門家ぶって整備員に言った。 「この零戦の初期の型を知っているかね? もっとフィレットが長くスマートだったような気がするな。もっとも今のほうが強そうではあるが」  しかしながら、ウエーク島が常に平穏無事であったわけではない。恒久とも思える島の静寂をかき乱して、戦艦を含む敵艦艇の艦砲射撃を喰ったこともあり、機動部隊による電撃的な空襲を受けたこともあった。なかんずく艦載機によるそれは完全な奇襲となり、せっかく集結していたわが方の飛行機はほとんど全機地上撃破されるという被害を受けた。しかしそのときにしろ、人員、地上施設には損害というほどの損害はなく、どちらかというと、戦争というものはこの程度のものかと、さして勇猛でない峻一を安堵させたくらいのものであった。  だが、戦局の推移は、この一つだけとび離れた島をいつまでも安穏なものにしておかなかった。ガダルカナル島を完全に奪取した米軍は、やがて飛石作戦に出、六月三十日、レンドバ島に上陸、八月十五日、ベララベラ島に上陸、次はラバウルに次ぐ拠点ブーゲンビル島を狙っていることは火を見るよりも明らかといえた。ソロモンの敗勢はこの孤島にいても如実に実感できた。なにより、もっとも力強く頼もしく思われていた友軍機が、次々と移動し、今では零戦が十数機残っているにすぎなかった。  そして、急転直下、昭和十八年の十月初旬、ウエーク島は敵大部隊のかつてない執拗な攻撃を受けたのである。  まだ夜の明けきらぬ払暁から、おびただしい艦載機の爆撃が始まった。戦時治療所で配置についた楡峻一は、じっと長いこと否応なしに間断ない轟音を聞いていた。そうしていつまでも為すことなくむっつりと待機していることは、次第に苦痛に、堪えがたいものになってくる。まだ負傷者は一人もかつぎこまれてこない。そこでつい彼は壕の入口から顔を出し、戦闘の様相を、なにより敵機の形態を見極めようとした。そのような危急の場合にすら、飛行機そのものに彼は明瞭な好奇心を抱いていたのだ。  しかし、そんな場違いな好奇心、無知な余裕は瞬時にして吹きとばされねばならなかった。明けかけた空一面が、薄墨色の煙のようなものでおおわれており、閃光と砲声と硝煙の匂いが島全体の形相を一変させていた。そしてその黒ずんだ空を、おそろしい速度で不吉に黒い影が飛びこうていた。敵機グラマンの大集団である。それはほとんど無数とまで感じられた。ほんの一瞥で、足島の方角から三十機ほどの敵機が、更に反対側の飛行場の方角から四十機ほどの群れが、こちらに突っこんでくるのを峻一は認めた。まるで激しいスコールのように、向うの粒砂がはねあがり煙ってゆく。それだけで充分であった。まるでどの敵機も赤十字の印をつけたこの治療所を目標にしているかのように見えた。峻一はくるりと向きを変えたが、背後でどっと何かが持上る気配がし、その爆風に押されるように彼は治療所の中へころげこんでいた。頭から血の気が引いてゆくのが自分でわかった。  一人も負傷者がかつぎこまれてこないのも当然であった。この激しい銃爆撃の下では担架隊も動きがとれないのだ。  だが、敵機の第一波はスコールが止むように遠のき、それと共に引きもきらず負傷者が運びこまれてきた。外科医でない峻一は手術の助手を勤める。それでも任務のあること、忙しく手を動かしていることは有難かった。外では艦砲射撃も加わってきたらしく、気味のわるい空気をひき裂く落下音がつづいている。その音響に耳をすましている暇がないことは救いであった。それでも峻一はときどきふらふらと手術台を離れた。もともと彼が漠然と医者となったのは自分の家が医家であったという理由からだが、精神科は血を見なくて済むというのも大きな原因の一つである。学生時代、峻一はつまらない散瘤腫の切開を見て貧血を起してしまったこともある。それが今は、腕も衣服も血まみれで、床までぬるぬると気味わるく辷るようになってきた。
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