ルイヴィトンダミエジェロニモスコピー
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null山下泰裕氏 [#改ページ]  東天の獅子——とうてんのしし——  もう、往年の肉体のコンディションは望むべくもないが、加藤が引き分けてからは、かなり身を入れたトレーニングをした。ここ数年でいえば、一番身体ができあがっている。  肉の火照り。緊張。  負けられない試合であった。  プレッシャーも大きい。しかし、その自分を、どこからか、醒めた眼で見つめている自分がいる。  そんなにむきになるんじゃない——もうひとりの自分が、木村をそういう眼で見つめている。  もう、おまえは、こういう世界を捨てたんじゃないのか。金の無い柔道家ではなく、銭の取れるプロレスラーをおまえは選んだんじゃないのか。  あのエーリオにしてもそうだ。どうして、こういう勝負にむきになるのだ。  昔をなつかしがっているだけじゃないのか。  そういう声もあるような気がする。  しかし、そういう声のことなど、気にしていられない。  エーリオが出てきた。  木村の正面に立った。  おそろしく真剣な眼で、木村を睨んでいる。  子供のような、とてつもない無垢の眼であるような気もした。あらゆる修羅場を全て体験し尽くした人間の眼のような気もした。ブラジルの碧空——空の青い奈落のようであった。