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ルイヴィトンダミエアズールコピー編集

『ノリちゃん』は缶の中身を取り出すのに苦労していた。「待ってれや」、『タロちゃん』は先刻、荒らした机の抽出しのひとつにナイフがあったことを思い出して取りに戻った。風雨はますますはげしさを増していく様子だ。窓の外を窺《うかが》って家々の灯がすべて消えていることに気付いた。 「停電らしいで、まっくらや」 「近づいとるんかな、台風……」 「分からん」  二人はしばらくのあいだ、ナイフを使って缶詰の中身を取り出し、口に運ぶ作業に没頭した。大阪の建築現場を逃げ出して十日目、きのうからロクなものを食べていない。缶詰の鮭は味もそっけもなく、いくら食っても胃にこたえなかったが、三つ目を食い終わったところで食欲を喪《うしな》った。 「タロちゃん、わし、帰りたい……」 「情けないこと言うなて、村にいてもどうもならんから出てきたんでないのか、明日は名古屋じゃ、働くとこ、なんぼでもあるで」  大阪の飯場には三日しかいなかった。仕事の辛《つら》いのは我慢できたが、中年の作業員にひとり変質者がいて、『ノリちゃん』に怪《け》しからぬ振舞いをしかけたのを、二人がかりで殴り倒して逃げた。三日分の給料を貰《もら》って辞めようと、いったん戻ったが、相手の男が倒れたまま、頭をかかえて唸《うな》っているのを見るとそれどころではなかった。大阪にはいられないと思った。奈良から伊賀上野《いがうえの》、四日市《よつかいち》と歩きづめに歩き、十日かけて、あと一日で名古屋、というところまでやってきた。道中はけっこう楽しかった。気候もよく、名所旧蹟の多い沿道は野宿する神社や寺にこと欠かなかった。金はとうに使い果たしていたが、農家でにぎり飯を貰ったり、畑の物を盗んだりして食いつないだ。しかし四日市あたりからは畑地が途絶えた。畑はあっても、直接食えるような作物にぶつからなかった。この村の入口の農家で事情を話したが、食べ物を恵んでくれるどころか、犬をけしかけて逐《お》われた。村を通過する途中、右手のかなたに、瓜畑《うりばたけ》らしいものがあるのをみつけ、国道を逸《そ》れた。食える物を求めてどんどん村の中へ入り込んでいった。犬をけしかけられたことで、どうでも畑を荒らさなければ腹の虫が収まらなくなっていた。その途中、農協事務所の前を通った時、女事務員が札束を数えている姿を目撃した。これが二少年の運命を、大きく変えることになったのだ。 「誰《だれ》かおるんか?」  ふいに、入口の方から叫ぶ声がして懐中電灯の光束《こうそく》が建物の中を駆けめぐった。二人の少年は壁に身を寄せ、息をひそめた。足下に消し忘れた懐中電灯を置いたままなのを、『タロちゃん』が拾おうとして、空き缶を蹴《け》った。 「誰だ!」  ゴム長靴の重い跫音《あしおと》が走り込んできた。  電灯の光束が二人の少年を捉《とら》えた。 「何だ、おめえら?」  光源の向こう側にいる男の姿は見えなかったが、雨合羽《あまガツパ》から滴《したた》り落ちる水滴が床を叩く音で少年は萎縮《いしゆく》した。 「どこの者《もん》だ? 何をしとるんや?」  相手が少年と見て、男はズカズカ、近寄った。電灯を舐《な》めるように顔に近づけ、「盗人《ぬすつと》か?」と、『ノリちゃん』の胸倉を取った。『タロちゃん』は無言で棍棒を打ち下ろした。グシャッといやな音がして、男は床に沈み込んだ。懐中電灯がゴロゴロと転がっていった。
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