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null 稲田が逡巡《しゆんじゆん》するのを、当山が横からさらうように言った。 「無職だ。小説家の卵、ということにしておこう」 「無職?……」 「心配しなくても、収入の方はなんとかなる。あんたの稼ぎをあてにするというわけではない」 「趣味とか、食物の好き嫌いとか、それに、身内の関係とか、聞いておかなくっていいのかしら」 「一度にいろいろ聞いてもしようがないだろう。まあ、これから長い付き合いになるのだから、お互い、おいおいに相手を知ればいいじゃないか。夫婦とはそういうものじゃないのかね」  当山ははじめて、ほんの少しだけ笑った。 「これは観客のいない芝居だと思ってくれ。あんたたちが、いかに上手《うま》く夫婦役を演じることができるかに、成功の鍵がある。僕は作者であり演出家でもあるが、これから先は僕の出番はない。幕が上がったら、あとは役者まかせだからね、よろしく頼むよ」  当山の比喩《ひゆ》は萌子を喜ばせた。 「任せておいて、お芝居なら、ちょっと自信があるの」 「分かってるよ、あんたは高校で演劇部のスターだったからね」 「あら、どうして知ってるの? 誰にも話したことないのに」 「あんたのことなら、大抵《たいてい》のことは知ってるつもりだよ。それでなければ、こんな大芝居に参加してもらうわけがない」  ふふん、と萌子は小鼻をふくらませた。当山が巧妙に虚栄心をあおっているのは分かっていたが、悪い気はしない。 「それで、いつから始めればいいの」 「あんたの都合に合わせる。ただし、婚姻届を出す前に、本籍をいったん、いまの住所に移した方がいい。家族の者が戸籍謄本を取って、あんたの結婚を知ったら大騒ぎになるだろうからね」 「分かったわ。彼の方もそうするのね」 「いや、稲田の方は移しても移さなくても同じだ。狭い村だから、戸籍に変わったことがあれば、役場の戸籍係が気がついて、すぐに家に連絡してしまう」